『ねぇ、蔵馬? 明日って何か予定入ってる?』

「うん、ごめん。明日はちょっと出掛けてくるんだ。どうしても、外せない用事があってね」

『…そっか。わかった。…蔵馬もいろいろ忙しいもんね』

「ゴメン。せっかく誘ってくれたのに」

『ううん、いいの。じゃあ、またね。おやすみなさい』

彼女からかかってきた誘いの電話を、オレは断った。

普段なら彼女からの電話を断るなんて事は絶対にしないのだが、明日だけは特別な日だ。

絶対に、外すわけにはいかない。

それでも、先程の電話での、彼女の悲しげな、落ち込んだ声がオレを縛りつける。

無理をして明るくしようとしていた。

それを思い出すと、胸が痛んだ。

―――すまない、ゆっこ。

でも、明日になれば、笑顔のキミに会えると信じているよ。

おやすみ、オレの大切なゆっこ…。

 

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今日は、私と蔵馬が付き合い始めて3年になる記念日。

今日は一日、蔵馬と過ごしたかったんだけど…。

どうしても外せない用事があるみたいで、今日は会えないの。

あーあ、蔵馬にとっては3年目の記念日なんて、もうどうでもいいんだろうなぁ…。

そう思うと、なんだか悲しくなってくる。

記念日は二人で過ごそうと、密かに計画を立てていたのに。

でも、仕方ないよね。

蔵馬にだって、都合があるんだもんね。

それを見落としていた私に、文句を言う筋合いなんてないよね。

いつも、私の希望をかなえてくれてるんだもん。ちょっとくらい我慢しなくちゃ。

そう思ってはみたものの、出るのは溜め息ばかり。

こんなんじゃ、蔵馬に嫌な子だって思われちゃうよね。

「はぁ〜〜〜〜」

嫌になっちゃう。こんな私。

いつもは側にいてほしい時は必ず側にいるのに、今日はいない。

いつも側にいないわけじゃないのに。

今日だけなのに。

「…蔵馬のバカ…」

思わず声に出して八つ当たり。

「蔵馬が私の事を甘やかすからだよ。こんなに寂しくなるのは。バカ蔵馬…」

いない人に八つ当たりしてもしょうがないのにね。

決めた。

今日は不貞寝してやる!

携帯もバイブにしないでサイレントにして。

これでもかって言うくらい眠ってやるんだから!

…でも、寝るだけじゃせっかくの休日がもったいないような…。

やっぱり、散歩に行こう。


さっきの決断は何処へやら、私はそのまま家を出た。

街に出ると、休日ということもあって周りはデート中の恋人達が多い。

「はぁ〜〜〜〜」

やっぱり、家で寝てればよかったかな…。

……蔵馬のバカ…。

しばらくウロウロしてみたものの、心が動くことはなくて。

何をしても、何を見ても、蔵馬の事ばかり考えてる。

このしつこさには自分でも呆れちゃうよ。

私って、こんなにしつこかったっけ?

本当に、嫌になってくるよ。こんな自分。


でも、そんな気持ちとは裏腹に。

蔵馬は私にとって、それだけ大切で、欠かせない存在になっているんだと思い知る。


大好きなんだよ、蔵馬。

私がこんなに蔵馬の事を好きなの、ちゃんと伝わってる?

たかが付き合い始めて3年の記念日。

それでも、私にとっては大切な記念日なの。



絶対に叶う事はないと思っていた気持ち。

ずっと遠くから見て憧れていた相手に、受け入れてもらえた。

他にもたくさん、蔵馬に憧れていた人はいたのに。

他にもたくさん、蔵馬に告白した人はいたのに。

私なんかよりキレイな人、優しい人、スタイルのいい人、頭のいい人だってたくさんいた。

それでも蔵馬は、私を選んでくれた。

それがどれだけ嬉しかったか、言葉でなんて言い表せないくらい。

まるで夢のようで、涙でぐしゃぐしゃになった私を、蔵馬は優しく抱き締めてくれていた。