1.秀一お兄ちゃんと鞠依

「鞠依、オレ、今夜は遅くなるから先に夕飯食べてて」
「え〜〜、そうなのぉ?」
「仕方ないだろ? 仕事なんだから」

そう苦笑しながら言って、鞠依の頭をなでるお兄ちゃん。

 鞠依とお兄ちゃんは、二人暮し。鞠依が高校進学のために、9歳上のお兄ちゃんのマンションに住むことになったの。
 お兄ちゃんって頭が良くて、なんでもできちゃうの。

 鞠依が高校に進学する時だって、学校に近いからお兄ちゃんと住みたいって言ったら、
両親はお兄ちゃんと一緒ならってことで意外にあっさりOKしてくれた。

 それくらい、信用できる人なんだ。

 妹のあたしが言うのもなんだけど、お兄ちゃんは成績優秀、スポーツ万能、他人にも優しくて、なにより美青年なの!
 鞠依の自慢のお兄ちゃんなんだ。
 いつも、夕食の時間までには帰ってきて、一緒にご飯も食べてくれるんだけど…今日は遅くなるみたいなの。
 一人でご飯なんて寂しいよぅ〜〜〜!

「鞠依。オレが遅くなるからって遊び歩いたりするなよ? 帰ってきてもいなかったら…わかるよね?」

 にっこり笑顔で脅すお兄ちゃん。

 うぅ〜〜〜、こういうときの笑顔って、なんでかすごく怖いんですけど……。

 思わず恨めしそうな目でお兄ちゃんの事を見ちゃう。

「そんな顔しないで。遊び歩いてなければ何もないんだから」
「そうだけどぉ〜〜〜…」
「じゃ、ちゃんといい子にしてるんだよ。いってきます」
「いってらっしゃあ〜〜〜い」

 膨れたような声でお兄ちゃんを見送る。仕方ないな、という風にまた苦笑して、玄関を出るお兄ちゃん。

あーあ、そうなると学校に行くのもだるいなぁ…。でも、ま。とりあえず学校で時間潰そ〜っと。

 そう思って、ふと時計を見ると…

「うわっ! もう八時ぃ〜〜〜?! や〜〜ん、遅刻しちゃう〜〜〜!!」

 出るからには遅刻したらヤバいもんね。急いで支度をする。
 制服に着替えて、買ってあったパンを急いで口の中に詰め込んで、牛乳で流し込む。そしてカバンを持って、
玄関を飛び出す。

「おっと…」

鍵、鍵。ちゃんと閉めなくちゃね。そして鍵を閉めると私は猛ダッシュ。走りながら携帯を出して時計を見ると…

きゃ〜〜〜! あと15分だよ〜〜〜〜!!(泣)

その日はナントカ遅刻せずにすんだ。かなりギリギリで、ちょうど先生が出席を取ってて、私の名前が呼ばれて返事をしながら
教室に飛び込んだの。
先生に注意されたけど、お願いして、ぎりぎりセーフっていうことにしてもらっちゃった。へへっ、ラッキー♪

そして授業を何事もなく終えて、放課後。私はお友達のまゆちゃんと一緒にゲームセンターに行って遊んでたの。

今朝お兄ちゃんに言われたことも忘れて…。


 ゲームに夢中になっていくうちに時間の経つのも忘れ、気がついた時にはもうあたりは真っ暗だった。

「うわ、鞠依ちゃん、どうしよう、もう真っ暗だよ」
「えっ?! 今何時?!」
「えっと…9時」
「えぇぇぇっ!? やっば〜〜〜い!」
「あ〜〜ん、お兄ちゃんに怒られちゃう〜〜」
「急いで帰ろ、まゆちゃん」
「うん!」

 家の近くまで来ると…部屋の明かりは……げっ! ついてる!! 

どうしよう、遅くなるって言ったのに、もう帰ってきてたんだ〜〜〜!

 心臓の鼓動が急激に高まる。どうしよう、何とか出てこないかな…。出てきたら、その間に急いで帰るのに…。

……そうだ! 窓から入ろう!

 そうすればバレずに家に入れる! 

……いや、できない。

 

なぜって、うちは4階…。

 

窓からの侵入なんてできないよぅ〜〜〜〜!!


ポンポン

バシッと肩を叩くものを払いのける。

あ〜〜〜〜でも見つかるのは怖いし…でも家に帰らなかったらもっと怖いし…どうしたらいいの〜〜〜!?

ポンポン

またバシッと払う。

「なあによ〜〜〜!! 人が真剣に悩んでるって言うのに!!」

腕を振り払ってまた悩みだす鞠依。

ポンポン

「しつこいわね!」

肩を叩く腕を払って後ろを見ると…

「お、お兄ちゃん!!」
「どうしたんだ? こんなところで」

にっこり微笑むお兄ちゃん…。いつもの優しい笑顔が、今日はとっても怖い。こんなところで見つかるなんて…。

さ…最悪…。

「とりあえず、部屋に入ろうか」
「は…はい……」

 引かれるままに部屋に入る。そして、お兄ちゃんのお部屋で二人並んでベッドに座る。お兄ちゃんは、
鞠依がビクビクしてるのを察してるのか、優しく肩を抱いて、頭を撫でてくれる。

しばらく何も言わずにそのままでいてくれて、鞠依が落ち着いたのを見て、それからお兄ちゃんが口を開いた。

「鞠依。今何時かな?」
「えっと…9時40分…」
「どうしてこんな時間になったの?」
「それは…まゆちゃんと遊んでて…」

 口ごもりながら、お兄ちゃんに正直に話す。嘘なんかつけないよ…。

「まゆちゃんと? そうか…。で、鞠依は、今朝オレが言った事は覚えてるかな?」

 抱いていた肩から手を離して、鞠依の目の前にしゃがんで顔を覗き込みながら言うお兄ちゃん。
でも鞠依は、お兄ちゃんの顔を見れなくて俯いたまま答える。

「は…はい…」
「遊んでるときも、覚えておきながらこんな時間まで遊んでたのかな?」
「違うの…忘れてたの…。遊んでるうちに時間を忘れちゃって…」
「オレ、朝なんて言ったっけ?」
「遅くなるから、先に夕飯を食べてなさいって…」
「それだけだった?」
「ううん。あと…遅くなるからって遊び歩いちゃ…ダメって…」
「そうだよね。そういったよね。でも、実際の鞠依は?」
「ご飯も食べずに遊んで…遅くなりました…」
「あとは?」
「あと…?」

思わず顔を上げてお兄ちゃんを見る。
するとお兄ちゃんは、思っていたような怖い顔じゃなくて。
優しい、けれど困ったような、悲しそうな顔をしていて、
そのまま、言葉を続ける。

「俺が帰ってきても、鞠依は家にいない。それで心配しなかったと思うかい?」
「あ…」
「どう思うの?」

そう聞かれて、鞠依はまた俯いてしまう。

…そうだよね。お兄ちゃん、結構心配性だし、朝の約束もあったし、
もし、帰ってきても鞠依がいなかったら…。

「心配…したと思う…」
「うん。心配したんだよ。鞠依はオレに心配かけておいて、何も言う事はないのかな?」
「……ごめんなさい…」

鞠依が顔も上げられずにそういうと、お兄ちゃんは、ふぅ…と軽くため息をついて、それからこう言った。

「…今回はこれで許すけど、次は容赦しないからね。もう同じ失敗をしないように気をつけること。いいね? 鞠依」
「はい…」

むやみに声を荒げて叱るより、鞠依の場合は優しく言い聞かせるように言った方が効くってことをよく知ってるお兄ちゃん。

その方が、鞠依がおとなしくなって、ちゃんと気持ちを整理できるから。むやみに叱ると、逆に興奮して収拾がつかなくなることを知っているの。

「いい子だ。…よし、それじゃあ夕飯にしようか。俺もさっき帰ってきて、お腹空いてるんだ」

 話しが終わると、お兄ちゃんは鞠依の頭をなでながらそう言った。

「うんっ!」
「あれ? もう元気になったの? ちゃんと反省した?」
「うっ…。……反省したもん…お兄ちゃんのイジワル…」

元気に返事をする鞠依をからかうように、声の調子を少し上げて聞いてくるお兄ちゃん。思わず言葉に詰まって脹れる私を、
お兄ちゃんは優しく笑いながら見て、それからこう言った。

「ふふっ、脹れないの。冗談だよ」
「もぅ〜〜〜! イジワル、イジワル、イジワル〜〜〜〜」
「あはは、痛いって。ほら、せっかく作ったのが冷めちゃうよ」

お兄ちゃんの背中をぽかぽか叩く鞠依を、笑いながらなだめるお兄ちゃん。

「うんっ、お兄ちゃんの煮込みハンバーグ、大好き♪」

 調子のいいヤツだな、そう言って苦笑するお兄ちゃんの側で鞠依は大好きなお兄ちゃん特製の煮込みハンバーグを頬張りはじめて、
お兄ちゃんのハンバーグにも手を伸ばした。

瞬間、伸ばした右手にぺちんとお兄ちゃんの手が飛んできて、鞠依の手に軽く衝撃が走る。

「こらっ、これはオレの。まだ欲しかったら今あるのを食べてからおかわりしなさい。たくさん作ったから」
「ほんと? わーい、おかわりする〜〜〜♪」
「食いしん坊だなぁ、鞠依は。そんなにがっつくと太るぞ?」
「!! お兄ちゃん! せっかくおいしく食べてる時に、そんなこと言わないでよ〜〜」
「あはははは!」

こうして、お兄ちゃんと鞠依の一日は更けていくのデシタ☆

おわり